大沼 おおぬま

大沼道機家 200810

 明治元年支配帳に大沼道機家がある。『文政御支配帳』御掃除坊主の条に二両二人扶持組頭大沼林斎があり、その譜によれば、文化十年に組下十一人の組頭に抜擢され、苗字帯刀御免及び二歩加増で二両二人扶持となったこと。文政三年更に御使者給仕格に昇進したことが記録されている。「御番割遠近帳」は、その後文政九年に永給人並に取り立てられて還俗、林右衛門と改名、同十三年永給人、天保三年一生之内二駄加増、天保四年隠居とみえる。その跡を才右衛門(文久元年死去)━金太郎茂育(のち登・道機)と相続。明治十年の「士族明細帳」によれば、大沼茂育は川原小路十一番屋敷に居住と見える。


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